《吾輩は猫である》第100章


「何がまあだ。分りもしない癖に」
「それでもそんな壺なら吉原へ行かなくっても、どこにだってあるじゃありませんか」
「ところがないんだよ。滅多(めった)に有る品ではないんだよ」
「叔父さんは随分石地蔵(いしじぞう)ね」
「また小供の癖に生意気を云う。どうもこの頃の女学生は口が悪るくっていかん。ちと女大学でも読むがいい」
「叔父さんは保険が嫌(きらい)でしょう。女学生と保険とどっちが嫌なの?」
「保険は嫌ではない。あれは必要なものだ。未来の考のあるものは、誰でも這入(はい)る。女学生は無用の長物だ」
「無用の長物でもいい事よ。保険へ這入ってもいない癖に」
「来月から這入るつもりだ」
「きっと?」
「きっとだとも」
「およしなさいよ、保険なんか。それよりかその懸金(かけきん)で何か買った方がいいわ。ねえ、叔母さん」叔母さんはにやにや笑っている。主人は真面目になって
「お前などは百も二百も生きる気だから、そんな呑気(のんき)な事を云うのだが、もう少し理性が発達して見ろ、保険の必要を感ずるに至るのは当前(あたりまえ)だ。ぜひ来月から這入るんだ」
「そう、それじゃ仕方がない。だけどこないだのように蝙蝠傘(こうもり)を買って下さる御金があるなら、保険に這入る方がましかも知れないわ。ひとがいりません、いりませんと云うのを無理に買って下さるんですもの」
「そんなにいらなかったのか?」
「ええ、蝙蝠傘なんか欲しかないわ」
「そんなら還(かえ)すがいい。ちょうどとん子が欲しがってるから、あれをこっちへ廻してやろう。今日持って来たか」
「あら、そりゃ、あんまりだわ。だって苛(ひど)いじゃありませんか、せっかく買って下すっておきながら、還せなんて」
「いらないと云うから、還せと云うのさ。ちっとも苛くはない」
「いらない事はいらないんですけれども、苛いわ」
「分らん事を言う奴だな。いらないと云うから還せと云うのに苛い事があるものか」
「だって」
「だって、どうしたんだ」
「だって苛いわ」
「愚(ぐ)だな、同じ事ばかり繰り返している」
「叔父さんだって同じ事ばかり繰り返しているじゃありませんか」
「御前が繰り返すから仕方がないさ。現にいらないと云ったじゃないか」
「そりゃ云いましたわ。いらない事はいらないんですけれども、還すのは厭(いや)ですもの」
「驚ろいたな。没分暁(わからずや)で強情なんだから仕方がない。御前の学校じゃ論理学を教えないのか」
「よくってよ、どうせ無教育なんですから、何とでもおっしゃい。人のものを還せだなんて、他人だってそんな不人情な事は云やしない。ちっと馬鹿竹(ばかたけ)の真似でもなさい」
「何の真似をしろ?」
「ちと正直に淡泊(たんぱく)になさいと云うんです」
「お前は愚物の癖にやに強情だよ。それだから落第するんだ」
「落第したって叔父さんに学資は出して貰やしないわ」
十 … 14
...
雪江さんは言(げん)ここに至って感に堪(た)えざるもののごとく、潸然(さんぜん)として一掬(いっきく)の涙(なんだ)を紫の袴(はかま)の上に落した。主人は茫乎(ぼうこ)として、その涙がいかなる心理作用に起因するかを研究するもののごとく、袴の上と、俯(う)つ向いた雪江さんの顔を見つめていた。ところへ御三(おさん)が台所から赤い手を敷居越に揃(そろ)えて「お客さまがいらっしゃいました」と云う。「誰が来たんだ」と主人が聞くと「学校の生徒さんでございます」と御三は雪江さんの泣顔を横目に睨(にら)めながら答えた。主人は客間へ出て行く。吾輩も種取り兼(けん)人間研究のため、主人に尾(び)して忍びやかに椽(えん)へ廻った。人間を研究するには何か波瀾がある時を択(えら)ばないと一向(いっこう)結果が出て来ない。平生は大方の人が大方の人であるから、見ても聞いても張合のないくらい平凡である。しかしいざとなるとこの平凡が急に霊妙なる神秘的作用のためにむくむくと持ち上がって奇なもの、変なもの、妙なもの、異(い)なもの、一と口に云えば吾輩猫共から見てすこぶる後学になるような事件が至るところに横風(おうふう)にあらわれてくる。雪江さんの紅涙(こうるい)のごときはまさしくその現象の一つである。かくのごとく不可思議、不可測(ふかそく)の心を有している雪江さんも、細君と話をしているうちはさほどとも思わなかったが、主人が帰ってきて油壺を抛(ほう)り出すやいなや、たちまち死竜(しりゅう)に蒸汽喞筒(じょうきポンプ)を注ぎかけたるごとく、勃然(ぼつぜん)としてその深奥(しんおう)にして窺知(きち)すべからざる、巧妙なる、美妙なる、奇妙なる、霊妙なる、麗伲颉⑾荬猡胜k揚し了(おわ)った。しかしてその麗伲咸煜陇闻裕à摔绀筏绀Γ─斯餐à胜臌愘|である。ただ惜しい事には容易にあらわれて来ない。否(いや)あらわれる事は二六時中間断なくあらわれているが、かくのごとく顕著に灼然炳乎(しゃくぜんへいこ)として遠懀Г胜悉ⅳ椁铯欷评搐胜ぁP窑摔筏浦魅摔韦瑜Δ宋彷叅蚊颏浃浃趣猡工毪饶妞丹藫幔à剩─扦郡胄à膜啶袱蓼─辘纹嫣丶遥à嗓─盲郡椤ⅳ肟裱预鈷呉姢隼搐郡韦扦ⅳ恧ΑV魅摔韦ⅳ趣丹à膜い皮ⅳ毪堡小ⅳ嗓长匦肖盲皮馕杼à我壅撙衔嶂椁簞婴讼噙‘ない。面白い男を旦那様に戴(いただ)いて、短かい猫の命のうちにも、大分(だいぶ)多くの経験が出来る。ありがたい事だ。今度のお客は何者であろう。
見ると年頃は十七八、雪江さんと追(お)っつ、返(か)っつの書生である。大きな頭を地(じ)の隙(す)いて見えるほど刈り込んで団子(だんご)っ鼻(ぱな)を顔の真中にかためて、座敷の隅の方に控(ひか)えている。別にこれと云う特徴もないが頭蓋骨(ずがいこつ)だけはすこぶる大きい。青坊主に刈ってさえ、ああ大きく見えるのだから、主人のように長く延ばしたら定めし人目を惹(ひ)く事だろう。こんな顔にかぎって学問はあまり出来ない者だとは、かねてより主人の持説である。事実はそうかも知れないがちょっと見るとナポレオンのようですこぶる偉観である。着物は通例の書生のごとく、薩摩絣(さつまがすり)か、久留米(くるめ)がすりかまた伊予(いよ)絣か分らないが、ともかくも絣(かすり)と名づけられたる袷(あわせ)を袖短かに着こなして、下には襯衣(シャツ)も襦袢(じゅばん)もないようだ。素袷(すあわせ)や素足(すあし)は意気なものだそうだが、この男のはなはだむさ苦しい感じを与える。ことに畳の上に泥棒のような親指を歴然と三つまで印(いん)しているのは全く素足の責任に相摺胜ぁ1摔纤膜哪郡巫阚Eの上へちゃんと坐って、さも窮屈そうに畏(か)しこまっている。一体かしこまるべきものがおとなしく控(ひか)えるのは別段気にするにも及ばんが、毬栗頭(いがぐりあたま)のつんつるてんの乱暴者が恐縮しているところは何となく不眨亭胜猡韦馈M局肖窍壬朔辘盲皮丹ɡ瘠颏筏胜い韦蜃月摔工毪椁い芜B中が、たとい三十分でも人並に坐るのは苦しいに摺胜ぁ¥趣长恧蛏斓盲乒еt(きょうけん)の君子、盛徳の長者(ちょうしゃ)であるかのごとく構えるのだから、当人の苦しいにかかわらず傍(はた)から見ると大分(だいぶ)おかしいのである。教場もしくは邉訄訾扦ⅳ螭胜蓑X々しいものが、どうしてかように自己を箝束(かんそく)する力を具(そな)えているかと思うと、憐れにもあるが滑稽(こっけい)でもある。こうやって?
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