《吾輩は猫である》第110章


「それじゃ、とうとう買わずにやめたんだね」と主人が念を押す。
「いえ、買ったのです」
「じれったい男だな。買うなら早く買うさ。いやならいやでいいから、早くかたをつけたらよさそうなものだ」
「えへへへへ、世の中の事はそう、こっちの思うように埒(らち)があくもんじゃありませんよ」と云いながら寒月君は冷然と「朝日」へ火をつけてふかし出した。
主人は面倒になったと見えて、ついと立って書斎へ這入(はい)ったと思ったら、何だか古ぼけた洋書を一冊持ち出して来て、ごろりと腹這(はらばい)になって読み始めた。独仙君はいつの間(ま)にやら、床の間の前へ退去して、独(ひと)りで碁石を並べて一人相撲(ひとりずもう)をとっている。せっかくの逸話もあまり長くかかるので聴手が一人減り二人減って、残るは芸術に忠実なる枺L君と、長い事にかつて辟易(へきえき)した事のない迷亭先生のみとなる。
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十一 … 9
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長い煙をふうと世の中へ遠懀Г胜丹訾筏亢戮稀ⅳ浃魄巴瑯敚à激螭嗓Δ瑜Γ─嗡俣趣颏猡盲普勗挙颏膜扭堡搿?br />
「枺L君、僕はその時こう思ったね。とうていこりゃ宵の口は駄目だ、と云って真夜中に来れば金善は寝てしまうからなお駄目だ。何でも学校の生徒が散歩から帰りつくして、そうして金善がまだ寝ない時を見計らって来なければ、せっかくの計画が水泡に帰する。けれどもその時間をうまく見計うのがむずかしい」
「なるほどこりゃむずかしかろう」
「で僕はその時間をまあ十時頃と見積ったね。それで今から十時頃までどこかで暮さなければならない。うちへ帰って出直すのは大変だ。友達のうちへ話しに行くのは何だか気が咎(とが)めるようで面白くなし、仕方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩する事にした。ところが平生ならば二時間や三時間はぶらぶらあるいているうちに、いつの間(ま)にか経ってしまうのだがその夜(よ)に限って、時間のたつのが遅いの何のって、――千秋(せんしゅう)の思とはあんな事を云うのだろうと、しみじみ感じました」とさも感じたらしい風をしてわざと迷亭先生の方を向く。
「古人を待つ身につらき置炬牐Вà搐郡模─仍皮铯欷渴陇ⅳ毪椁汀ⅳ蓼看郡毪肷恧瑜甏纳恧悉膜椁い趣猡ⅳ盲栖帳说酩椁欷骏籁ˉぅ辚螭猡膜椁盲郡恧Δⅳⅳ皮韦胜ぬ絺嗓韦瑜Δ摔Δ恧Δ怼ⅳ蓼搐膜い皮い刖悉胜丹椁膜椁い坤恧Α@邸à毪い毪ぃ─趣筏茊始遥à饯Δ─稳韦搐趣贰¥い渌蓼韦胜と郅蓺荬味兢胜猡韦蠈g際ないよ」
「犬は残酷ですね。犬に比較された事はこれでもまだありませんよ」
「僕は何だか君の話をきくと、昔(むか)しの芸術家の伝を読むような気持がして同情の念に堪(た)えない。犬に比較したのは先生の冗談(じょうだん)だから気に掛けずに話を進行したまえ」と枺L君は慰藉(いしゃ)した。慰藉されなくても寒月君は無論話をつづけるつもりである。
「それから徒町(おかちまち)から百騎町(ひゃっきまち)を通って、両替町(りょうがえちょう)から鷹匠町(たかじょうまち)へ出て、県庁の前で枯柳の数を勘定して病院の横で窓の灯(ひ)を計算して、紺屋橋(こんやばし)の上で巻煙草(まきたばこ)を二本ふかして、そうして時計を見た。……」
「十時になったかい」
「惜しい事にならないね。――紺屋橋を渡り切って川添に枺厣希à韦埽─盲菩肖取茨Γàⅳ螭蓿─巳摔ⅳ盲俊¥饯Δ筏迫筏辘朔停à郏─à蓼筏郡柘壬?br />
「秋の夜長に川端で犬の遠吠をきくのはちょっと芝居がかりだね。君は落人(おちゅうど)と云う格だ」
「何かわるい事でもしたんですか」
「これからしようと云うところさ」
「可哀相(かわいそう)にヴァイオリンを買うのが悪い事じゃ、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
「人が認めない事をすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇(ヤソ)もあんな世に生れれば罪人さ。好男子寒月君もそんな所でヴァイオリンを買えば罪人さ」
「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですが十時にならないのには弱りました」
「もう一返(ぺん)、町の名を勘定するさ。それで足りなければまた秋の日をかんかんさせるさ。それでもおっつかなければまた甘干しの渋柿を三ダ工馐长Δ怠¥い膜蓼扦饴劋槭畷rになるまでやりたまえ」
寒月先生はにやにやと笑った。
「そう先(せん)を越されては降参するよりほかはありません。それじゃ一足飛びに十時にしてしまいましょう。さて御約束の十時になって金善(かねぜん)の前へ来て見ると、夜寒の頃ですから、さすが目貫(めぬき)の両替町(りょうがえちょう)もほとんど人通りが絶えて、向(むこう)からくる下駄の音さえ淋(さみ)しい心持ちです。金善ではもう大戸をたてて、わずかに潜(くぐ)り戸(と)だけを障子(しょうじ)にしています。私は何となく犬に尾(つ)けられたような心持で、障子をあけて這入(はい)るのに少々薄気味がわるかったです……」
この時主人はきたならしい本からちょっと眼をはずして、「おいもうヴァイオリンを買ったかい」と聞いた。「これから買うところです」と枺L君が答えると「まだ買わないのか、実に永いな」と独(ひと)り言(ごと)のように云ってまた本を読み出した。独仙君は無言のまま、白と浅灡Pを大半埋(うず)めてしまった。
「思い切って飛び込んで、頭巾(ずきん)を被(かぶ)ったままヴァイオリンをくれと云いますと、火悚沃車欷怂奈迦诵∩淙羯郡蓼盲圃挙颏筏皮い郡韦@いて、申し合せたように私の顔を見ました。私は思わず右の手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。おいヴァイオリンをくれと二度目に云うと、一番前にいて、私の顔を覗(のぞ)き込むようにしていた小僧がへえと覚束(おぼつか)ない返事をして、立ち上がって例の店先に吊(つ)るしてあったのを三四梃一度に卸(おろ)して来ました。いくらかと聞くと五円二十銭だと云います……」
「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」
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「みんな同価(どうね)かと聞くと、へえ、どれでも変りはございません。みんな丈夫に念を入れて拵(こし)らえてございますと云いますから、蝦蟇口(がまぐち)のなかから五円札と銀貨を二十銭出して用意の大風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。この間(あいだ)、店のものは話を中止してじっと私の顔を見ています。顔は頭巾でかくしてあるから分る気遣(きづかい)はないのですけれども何だか気がせいて一刻も早く往来へ出たくて堪(たま)りません。ようやくの事風呂敷包を外套(がいとう)の下へ入れて、店を出たら、番頭が声を揃(そろ)えてありがとうと大きな声を出したのにはひやっとしました。往来へ出てちょっと見廻して見ると、幸(さいわい)誰もいないようですが、一丁ばかり向(むこう)から二三人して町内中に響けとばかり詩吟をして来ます。こいつは大変だと金善の角を西へ折れて濠端(ほりばた)を薬王師道(やくおうじみち)へ出て、はんの木村から庚申山(こうしんやま)の裾(すそ)へ出てようやく下宿へ帰りました。下宿へ帰って見たらもう二時十分前でした」
「夜通しあるいていたようなものだね」と枺L君が気の毒そうに云うと「やっと上がった。やれやれ長い道中双六(どうちゅうすごろく)だ」と迷亭君はほっと一と息ついた。
「これからが聞きどころですよ。今までは単に序幕です」
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